| 私と計測制御分野の関わり | |
| ( 2001年 1月 ) 小学生の頃からメカ物に興味を持ちテレビ番組もSF物が好きでした。 中学になってから近所でアマチュア無線やってる先輩と出会い電気の事に 興味を持つ事となります。 中学生の時は、音楽にも興味を持ちクラブ活動はブラスバンド部でした。 電気と 音楽が 結び付けば当然オーディオや電子楽器の分野に興味を持つ事となります。 この当時はゲルマニウムトランジスタ(2SA53、2SB56だったかな。)で、 006Pの電池を電源として電子工作を行っていました。 高校は工業高校の電子科に進みその分野を目指す事となります。 高校の頃はオーディオに興味を持っておりその分野に進むつもりでいました。 ( 私が高校生の頃、日本はオーディオブームでした。) その当時は、FMの番組表も含めオーディオに関するいろんな雑誌が多数出ていました。 その当時の、工業高校の電子科では、従来の交流、電波に関わる授業と新たに コンピュータのソフト、ハードに関わる授業が始まる時期でもありました。 その当時は、手のひらに乗る小さな電卓(カシオミニ)がテレビでよく宣伝していた頃でした。 コンピュータには興味があったけど、その分野に進むつもりは最初 全くありませんでした。 その当時、CQ出版社から「トランジスタ技術」なる月刊誌が出始めました。 今にしてみれば微塵も面影がありませんが、最初はオーディオ関係の雑誌かと思えるほどオーディオ関連の記事が載っていました。 高校の頃はオーディオ用イコライザアンプのNFB回路時定数を決める抵抗と コンデンサの組み合わせにおいて最適値を計算するプログラムを趣味で作ろうとしていました。 要は、コンピュータがメインではなく、目的(この場合オーディオアンプの設計)を実現するための手段としてコンピュータを捕らえていました。 オーディオアンプはキット(トランジスタ)と自作(マルコンのICパワーアンプ)、スピーカーはユニットだけ購入してベニア合板にて箱を自作という事をしていました。 スピーカーは 6ハン(6と1/2インチ)のフルレンジを主に使っていました。 真空管は作った事がありませんでした。( 当時、金が無かったのが原因といえる。) 私のようなオーディオ好きの学生が、どうしてコンピュータ分野へ進む事となったかというと就職の時にちょっとゴタゴタがあり、一旦決めていたPA(パブリックオーディオ)関連の会社を断ることとなりました。 その後、担任の先生の紹介で大手制御関連の会社に入社する事になります。 その当時、その会社では i8080マイクロプロセッサを使った制御用コンピュータを自社製品に使用していました。( まだ、パソコンが世にでる前の話で先進的な企業のイメージを受けた。) で、それらを使用した自動化機器のメンテナンスを行う仕事を5年間する事となります。 それらの機器内部は、メカの塊でメカをいかにプログラムで滑らかに動かすかにノウハウがあるといえます。 社会人になって初めて、このようなメカを駆動するコンピュータ、プログラムがある事を実感する事となります。 5年間勤めていた後半は、メカ関係のトラブルはメカの信頼性が上がり少なくなり、代りにホストとオンラインで接続するための伝送仕様に関わる障害が目立つようになりました。( この当時、ユーザさんがオンライン仕様を新しくするところが多かったせいもある。 ) そんなときにサービスの仕事ではソフトの障害に手が出せない事が、くやしく思えました。 そのようなこともあり、20代半ばで、ソフト屋に転身する決心をしました。 田舎に一旦戻り、その後友人の紹介で大手測量設計会社の電算部に入る事になります。 そこには、ミニコンが置いてあり、FORTRANでソフト開発を行ったり、ここで初めてパソコンでプログラムを作成する事になります。 その当時は、8bitマシンで、OSは BASICインタプリタだけの世界でした。 BASICインタプリタは自由度はあるけど、プログラムが大きくなればなるほど遅くなる。というのを実感しました。 その後、CP/Mの普及により流通OSの文化が花開く事になります。 コンパイラもいくつか出てきて BASICコンパイラなどを使っていました。 そのころ、思っていたのはソフト屋さんはハードの事を知らない。 という事です。 もちろんその逆もいえます。 私は、ハードとソフトの掛け橋的な存在になろうと思うようになりました。 その後、20代後半、茨城県へ出向で行く事になり、日本原子力研究所、 今は無い動力炉核燃料開発事業団、筑波の高エネルギー研究所、その他 大学等の施設でデータ計測の仕事に2年ほど従事する事になります。 20代後半にこの様な仕事をしてきたせいもあり、自分は ハードよりのプログラマという自覚が出来てきました。 私にとって20代は、マイクロプロセッサと、データ計測分野との出会いの年代ともいえます。 |