就職するに当たり気をつけましょう。( 2002年11月 )

何なのかというと、私が遭遇した事なのですが他の方にも無いとはいえませんので書きました。

 長引く不況のため会社の業績が悪化しやむなくリストラとなった方は大勢いらっしゃると思います。
私も 2002年、4月末で会社都合で退職しました。

今の状況では、40代以降の方は、なかなか次の仕事が決まらず悶々としていらっしゃると思います。
で、仕事に就くなら出来れば自分が今までやってきた業種、得意な分野の業種を考えます。
私のような技術者であればなおさらといえます。

 そのような中において、過去に世話になった方(昔いた会社の先輩)からの話で「うちに来ないか。?」と誘いを受ける場合があります。 もちろんその方も昔いた会社ではなくて現在は別の会社におられる訳です。

自分がやりたいと思っていた分野とは多少異なる分野ではありましたが、熊本の地場での開発業務という事だったので、その後、行きます。 と返事をした訳です。
ところが、その後 その会社の部長さんと再度合って話をすると、福岡に出てきてくれ。 
仕事は、あるプロジェクトの管理という仕事内容でした。 

そうなると状況が変わってきます ( 福岡に行かなければならない。 仕事の内容も異なる。 ) が、昔、世話になった方からの話ですし断りにくい事もありました。
それに、この不況の時代に仕事が決まる事だけでもありがたい事だと、自分に言い聞かせていました。
(但し、正社員ではなく契約社員です。 )

で、8月に福岡に行くという事が決まり博多にアパートを探しに行き、現在持っている余分な荷物を実家に持って帰るか処分しなければなりませんでした。
博多では、しばらくは質素な暮らしをしようと思っていたので出きるだけ安いアパートを見つけました。
私は、独り者ではありますが、多趣味なものでガラクタを多数保有していて処分に結構手間取りました。
自分で作ったバックロードホーン(スピーカーの箱)やシンセサイザー等の電子楽器も処分しました。
思い出の品もあり捨てるのが辛く思えたものもありました。

それでも、荷物はまだ結構あり、熊本から博多まで( 100Km強 )の引越しは9万弱かかりました。
博多のアパートは敷金5ヶ月で礼金と最初1ヶ月分の家賃が必要となり、計 7ヶ月分の金額を支払いました。
つまり一度に 40万ほどの金が出ていきました。

熊本の住んでたアパートは敷金3ヶ月で、約 15年間住んでいました。
それなりに補修に金がかかるのではと思って心配しておりましたが敷金の範囲内にてちょうど収まり安心しました。
( 15年間住んでいたのでその間、他の部屋に住んでいた方が引っ越された後、業者の方が作業しているのを何度か見ました。)
後で不動産屋から畳屋や壁紙補修の業者の領収書も送ってきました。
( 今にして思うと熊本のアパートの不動産屋は良心的であったと思います。 )

今年の5月末ぐらいから失業給付金をもらっていましたが、離職前のもらっていた給料の6割弱ぐらいしか給付されないのでやや苦しい状況でした。( 家族持ちの方なら大変。 !! )
そのような状況にて、 50万ほどの費用が必要となったため、車を売ってその費用を当てる事にしました。
できる事なら車も気に入ってたので売らずに済ませたかったのですが仕方ない状況でした。

8月下旬から博多での仕事が始まったのですが、ゆっくり出来たのは、最初の1週間だけでした。
9月に入ってからやたらと忙しくなり、更にメールがつながってから分単位で神経をピリピリさせるような状況になってきました。
夜は、常時、夜中の3時ぐらいまで作業が続き、土日が徹夜というパターンが何度か続きました。
3週間目ぐらいになると、会社のビルの中を歩いていると平行感覚が狂ってきたのかビルがゆっくり揺れているような錯覚が何度かありました。

自分が今どのような状況に置かれているのかを考える余裕も無く、帰ったらバタンキューの状態でした。 それでも遅刻は一度もした事がありません。 他のほとんどの人は 1〜2時間ぐらい遅れて出社していましたが...。 
遅刻するという行為が嫌いだったので会社にはいつも 8:30前に出社していました。
よって、寝る時間が 常時 3時間ぐらいになってしまいます。

4週目の土曜の徹夜明けで、日曜の午前中は 4時間ほど眠れました。 この時にやっと自分はこれでいいのかという疑問を考える事ができました。
まだ眠り足りない感じはありましたが昼からまた、会社に出て業務を遂行するつもりでいました。
が、親会社から、かなり無茶な要求のメールが送りつけられて来たのでとうとう切れてしまいました。

このままいたら、精神的にも肉体的にも健康状態を悪くしてしまう。
という事で、月曜の朝 会社を辞める事を決意しました。


会社の業務を すっぽかして熊本に戻りました。
特急列車に乗って熊本に向かっている時、何か不思議な感じがしました。
ある意味、開放されたような列車から見る景色が美しく印象的に思えました。
熊本においては手続き的な用事もあったのですが休みがなかなか取れないためにそのままとなっていました。
それらの用事を一通り済ませ、実家に戻りました。

退職の手続きもあり、10月は何度か博多と 熊本を往復してました。
10月17日に荷物をまとめ 熊本に引っ越しました。
また、引越しの費用が 9万弱かかってしまいました。
熊本−>博多−>熊本 (引越し家賃、その他)で 計 60万ほどの出費となりました。

その間、収入は全くもらってないので 全部 自腹を切って金を出してます。
無理に1ヶ月分賃金を要求してもよかったのかもしれませんが、私自身入って1ヶ月ちょいでほとんど会社に貢献出来てない状況であったので金をもらう訳にはいかないと思ったからです。


★ この事により、私が何を 言いたいかというと、就職が決まったからと安易に喜ぶ事は出来ないという事です。
仕事を始めてから、このようなトラブルが発生し極めて短い期間で会社を辞めざる得ない状況になる場合も有り得るということです。 私も入る前までは、このような事態が発生するとは夢にも思っていませんでした。
特に県外への引越しが伴う場合は、結果として無駄な出費がかなり大きくなりますので、注意して下さい。

 一つ不幸中の幸いは、博多に行ってしばらくは質素な生活をしておこうと考えていた事です。
これを、綺麗なマンション生活で駐車場付きで車も保持するつもりであれば費用がもっとかさんでいたでしょう。

ちなみに、不動産屋さんは、もらった敷金は極力返さないように決まり事が出来てるようで、1年以内の退居という事で違約金が取られ、1ヶ月ちょいしかいないのでアパートの中はそんなに痛んでないはずなのに、修理代で15万引かれその他もろもろで敷金は殆ど戻ってこない計算になっていました。
私は、せめて帰りの引越し代ぐらいは戻ってくるだろうと思っていましたが甘かった。


その後、まだ収入はありません。 
( 2002年 10月 末 現在 )

その後、この会社から、忘れた頃( 年度末 2003年 3月 )に、在籍中の給料が支払われました。
( 税務署に申告する経理上の問題と 思われます。 )
私は、期待してなかったので支払ってもらえた事に、感謝しています。


★★★ 後にして思うこと ★★★

  この会社を辞める決断も、私が 仕事第一と考えていたら無理して仕事を続けていたかもしれません。
数年前の自分であればこのまま体を壊すまで続けていたと思います。 

3年前、呼吸法に出会い自分にとって何が大事なのか。 
の価値観が変わったのが、早い決断が出来た理由と私は思います。

仕事第一と考える方からすれば、軟弱野郎と思われるかもしれませんが... 。
死んだり、体を壊し入院したりしたら論外です。
私の狭い交友範囲で、過労死で無くなられた方を、2人知っている事もあるでしょう。